光と色の話 第一部
第22回 シャボン玉の色
・・・・・ 光の干渉による発色現象 ・・・・・
本連載第 19 回以降、自然界での色々な発色現象として、光の屈折現象、回折現象、散乱現象による発色を取り上げてきました。今回は、光の干渉現象による発色を取り上げてみましょう。
私たちが子供の頃、みんなシャボン玉で遊んだ経験がありますね。石鹸水には色はついていないのに、シャボン玉を膨らませると、シャボン玉の表面に色がついて見えました。また、フワフワと風に揺られながらゆっくりと飛んで行くシャボン玉の表面の色が、時々刻々変幻自在に変化していくことに気づいた人も多いと思います。なぜこのようにシャボン玉に色がつき、その色が時々刻々と変化していくのでしょうか。
また、雨で濡れた舗装道路上にクルマが落として行ったガソリンの油膜が虹に似た色の縞模様に見えることがありますね。また、クルマのフロントガラスに付いた油成分がワイパーで広がり、やはり虹に似た色の縞模様に見えることがありますね。これらも、発色の原理はシャボン玉と同じで、「光の干渉」と呼ばれる物理現象の結果なのです。
水面の波紋の重なり・・・・波動の干渉現象
港の桟橋などで岸壁から石ころを水面に投げ込むと、そこから周りに同心円状に波紋が広がって行きます。この波紋は波の「山」から「山」まで(「谷」から「谷」まで)の距離が一定等間隔で広がっていきます。(「山」から「山」まで、あるいは「谷」から「谷」までの距離が波長です。)もし水面に浮遊物があれば、波紋の広がりに応じて、(風が無ければ)同じ場所で振幅、振動数が一定の規則的な上下運動をするのが観察されます。
この波紋が岸壁まで到達して岸壁によって反射されると、返す波となって後続の進行してくる波紋と重なり合う現象が発生します。水面の浮遊物は、岸壁による反射が発生するまでは規則的な上下運動をしていたのが、返す波が重なりあうと、複雑な上下運動をするようになります。この運動が波の重なり合い、すなわち「波の干渉」の結果が眼に見える形で現れたものです。
右図のように、寄せる波と返す波の「山」と「山」、「谷」と「谷」が重なる(これを位相が合う、と言います)と、波は強め合うことになります。また「山」と「谷」が重なる(これを逆位相と言います)と弱め合って波は消滅します。これらは最も極端な位相関係の場合ですが、位相のずれ方によって双方の波の干渉の仕方は様々に変わります。水面の浮遊物には様々な位相関係の寄せる波と返す波が次から次へと到来しますので、浮遊物は複雑な浮き沈みの上下運動をすることになる訳です。
波紋の干渉の例としてもう一つお話しましょう。
本連載の第 20 回「光環」でお話しました、池やプールなどに設けられた穴の開いた隔壁に向かって波(平面波)が寄せてくる場合のイメージ図で考えて見ましょう。今回は、隔壁に2箇所穴が開いているとします。この隔壁に向かって平面波が進行してくると、2つの穴を通過した波は同時に回折を起こし、波紋として広がっていきます。そして穴を通過した二組の波紋が互いに重なり合い、干渉を起こします。
図において、実線を波紋の「山」、破線を「谷」とすれば、実線同士が重なる部分は「山」同士が強め合い、破線同士が重なる部分は「谷」同士が強め合います。それに対して、実線と破線が重なる部分は「山」と「谷」が打ち消しあって、波が消滅してしまいます。その結果、離散的に或る特定角度方向に進行する波のみが強め合い、その中間角度の方向については波が消滅してしまうという現象が発生します。
以上は、水面で回折した波同士の干渉で、干渉のメカニズムが肉眼で容易に観察できるものです。光も波動の性質を持っていますので、水面の波紋と全く同様な干渉現象が発生します。ただ、光の波長は水面の波紋の波長に比べて極めて短いため、干渉の様子を具体的に肉眼で観察するには、残念ながら特殊な実験装置を用いないとなかなか困難です。
透明な薄膜内における光の多重反射
シャボン玉の膜のように、透明で非常に薄い膜(膜厚 t1 、屈折率 n1 )に、或る波長 λR の単色光が入射した場合の干渉現象を考えてみましょう。入射光は薄膜表面に達すると、一部は反射し残りは薄膜内部に屈折して進入します。進入した光はそのまま膜内を進行し、膜の裏面で一部は反射し、残りは反対側の空間に透過します。裏面で反射した光は膜内を元来た方向へ逆進し、膜表面側に達します。ここでまた、一部は反射し、残りは透過して入射側空間に戻って行きます。このようにして、薄膜内の表面と裏面の間で繰り返して反射(多重反射)が起こります。膜内での多重反射の結果、光が膜の表面に到達する度に薄膜内から入射側空間に膜表面透過光が重なって放出されることになります。これらの膜表面透過光は巨視的には膜面での反射光として認識されます。(同様に光が膜の裏面に到達する毎に反対側の空間に薄膜内からの透過光が放出されることになります。)
なお、右の図は、多重反射の様子が分り易いように、入射角を大きめにして描いてあります。
多重反射における光の「走行距離差」≪※1≫
薄膜内での光の多重反射について、もう少し詳しく見てみましょう。今、簡単のため、膜厚 t1 、屈折率 n1 の薄膜への入射光の内、膜表面で反射された反射光成分 A と、裏面で 1 回反射された後、薄膜内部から膜表面を介して入射側空間に透過放出された光成分Bに着目します。光成分 B は、光成分 A に比べて薄膜内の厚み方向の 1 往復分の距離(右図の赤矢印部分)だけ多く走行し、入射側空間に放出された段階で、光成分 A と進路が重なることになります。(垂直入射の場合、「走行距離差」は 2t1 となります。)
同様に、それ以降の膜内での多重反射についても、入射側空間へ放出される光は、膜内での裏面反射 1 回につき 1 往復分だけ走行距離を重ねたものになっています。従って、膜表面での巨視的反射光は、最初に膜表面で反射された光成分Aに、光成分 B 以降の多重反射を経た光成分が重なったものになっています。
薄膜内における光の「走行距離差」 と 干渉の起こり方
(薄膜内での)光の「走行距離差」と波長との相互関係によって干渉の起こり方が変わってきます。以下、光成分 A と B を例にとって直感的な説明をします≪※1≫。「走行距離差」が波長 λR の「整数倍」であるときには、光成分 A と B は、位相が揃う(「山」と「山」、「谷」と「谷」が揃う)ことになり、互いに強め合うことになります。従って、この場合には、薄膜内での多重反射により、入射側空間に再放出される全ての光成分は、互いに強め合うことになり、巨視的に見た膜面での反射は非常に強くなります。
次に、全く同じ薄膜に対して、異なる波長 λG の単色光が入射した場合はどうなるでしょう。この「走行距離差」が入射光の波長 λG の「整数倍」でない場合、例えば最も極端な場合として、「波長 λG の整数倍 + 半波長」だけずれている場合はどうなるでしょうか。光成分 A と B は、ちょうど位相が逆位相の関係となり、「山」と「谷」が重なり、打ち消し合うことになります。つまり、巨視的に見た膜表面の反射は無くなってしまい、薄膜に入射した光は全て膜表面を透過して膜内に進入することになります。
つまり、入射光の波長に依存して干渉条件が変化し、巨視的にみた反射光が強くなったり、弱くなったりすることになる訳です。その結果、特定の波長のみが強い光として眼に入射することになり、その波長に対応する色が見えることになります。
薄膜での光の干渉を左右する諸条件
以上の説明は入射光の波長 λ との関係で薄膜での干渉の起こり方の変化を説明したのですが、「走行距離差」に影響を与えるような他の条件が変化しても、同様に干渉の起こり方は変わります。
薄膜の厚み ( t ) が変化( t1 → t2 )すれば当然「走行距離差」が変化します(垂直入射の場合は 2t1 → 2t2 )。従って、厚みが t1 の時は、入射光の波長 λG に対して巨視的反射光が強めあう干渉条件であったのに対して、厚みが t2 になると、同じ波長 λG に対して打ち消しあう干渉条件になってしまうことが起こりえます。
また、膜面への入射光の入射角度 θ が変化( θ は観察方向に関係して変化)すると膜表面での屈折角が変化し、その結果、膜内を往復する距離が変わりますので、「走行距離差」が変化します。
上記の説明は、「光の走行距離」という表現を用いた直感的な分り易さを優先した大雑把な説明で、必ずしも正確な説明ではありません。厳密には薄膜の厚さ以外にも、媒質(空気と薄膜)の屈折率比≪※1≫、媒質境界面での反射時の光波の位相変化≪※2≫、等によって干渉の条件が決まります≪※3≫。
厳密な話は注釈≪※1 ~ 3≫を参照していただくとして、膜の厚さ、入射角度、薄膜の屈折率などの諸条件の組み合わせに応じて、薄膜表面での反射光や薄膜内で多重反射した光成分同士の間で、位相が揃うと強め合い、逆位相になると打ち消し合うという干渉が起こり、その結果その条件に応じた特定の波長の光のみが強い状態となって眼に入射することによって、干渉色が生ずる訳です。
シャボン玉の色
以上にお話した薄膜での干渉現象の身近な例がシャボン玉です。シャボン玉の膜の表面(外側)と裏面(内側)の間での光の多重反射により干渉色が見える訳です。
シャボン玉を照らす光は太陽や電球などで、これらの光には様々な波長の光が含まれています。
シャボン玉の膜の厚みは場所によって微妙に異なっており、また、重力の影響や、吹き出す息の強さ、シャボン玉に当たる風の強さによっても時々刻々膜厚が変化しています。また、シャボン玉は、表面の位置によって観察者から見る角度が異なることに加えて、球の撓みかたも変化しながら飛んで行きますし、飛んで行くシャボン玉と観察者の位置も時々刻々変化します。その結果、あのようにシャボン玉は時々刻々色が変幻自在に変化して見えるのですね。
雨の道路上のガソリン油膜の縞模様の色
雨で濡れた舗装道路上に落とされたガソリンは、非常に薄い油膜となって水の層の上に広がります。この油膜に光が入射すると干渉が起こり、色のついた縞模様が見えます。舗装道路面の微妙な凹凸の影響もあって油膜の厚みが場所によって異なりますので、縞模様は様々な形状をとり、また、見る方向によっても変化します。なぜこのような見え方をするのかは、シャボン玉の色と同じ原理によるもので、上記の説明でお解りいただけるのではないかと思います。
注釈
≪※1≫ 光の「走行距離」と「光学的距離(光路長)」
屈折率 n の均一な媒質中を実際の距離 d だけ光が走行した場合、屈折率と距離の積 nd を「光学的距離( optical path
length )」あるいは「光路長」と言います。
屈折率 n の媒質中の光の走行速度は、真空中(屈折率 = 1 )の走行速度に対して 1 / n になります。例えば水
(屈折率 n ≒ 1.33 )の中では 1 / n ≒ 1 / 1.33 ≒ 3 / 4 になります。従って、真空中の或る距離 d を走行する時間に対して、水中で同じ距離 d を走行するにはその逆数の 1.33 倍の時間、つまり屈折率分だけ長い時間がかかることになります。
一方、波長に着目すると、光の振動数は媒質の屈折率 n には依存せず一定ですので、走行速度が 1 / n となるということは、その媒質中での波長が真空中での波長の 1 / n になるということです。例えば空気(屈折率 ≒ 1 )から水(屈折率 n ≒ 1.33 )へ進行した場合、水中での波長は約 1 / 1.33 ≒ 3 / 4 に短くなります。
つまり、実際には媒質中では波長がその媒質の屈折率比分だけ短くなるのですが、波長を固定して考えると、媒質中では等価的に走行距離が屈折率比分だけ伸びたこととして扱えるということです。これが「光学的距離(光路長)」の考え方です。
光 A と光 B がそれぞれ或る経路を或る距離走行したとき、これらの「走行距離の差」に対応する「光路長の差」を光 A と B の「光路差」と言います。
≪※2≫ 屈折率の異なる媒質界面での光波の反射
光波が屈折率の小さい媒質中を走行して、屈折率の大きい媒質との界面で反射する場合は、固定端反射のように、反射した光の位相は π だけ(すなわち 1 / 2 波長分だけ)ずれます。位相が π ずれるということは、例えば光波が反射界面に達した瞬間に「山」であったものが反射直後は「谷」になる、ということです。
逆に、光波が屈折率の大きい媒質中を走行して、屈折率の小さい媒質との界面で反射した光は自由端反射のように位相はずれません。つまり、光波が反射界面に達した瞬間に例えば「山」であれば反射直後も「山」の状態であるということです。
薄膜での干渉においては、空気の屈折率( ≒ 1 )に対して薄膜の屈折率( n )が大きい( n > 1 )ので、光が空気中から薄膜に入射するときに、薄膜内に進行せずに薄膜表面で反射した光は位相が π (すなわち 1 / 2 波長)だけずれるのに対して、薄膜内に進行して膜内で多重反射した光は位相はずれません。
≪※3≫ 薄膜における干渉条件
薄膜(膜厚 t 、屈折率 n ) に斜め方向から入射する波長 λ の光(平面波)について、成分AとBに分けて考えます。成分 A と B は位相が揃った状態で進行してきますが、成分 B の波面の方が早く薄膜の表面 ( B1 )に到達して薄膜内部に屈折して進行するのに対し、成分 A の波面は或る時間遅れて薄膜表面( A2 )に到達し、その一部は鏡面反射されます。成分 A の波面が A2 に達した時点で成分 B の波面は薄膜内の B2 まで進行しています。その後、成分 B は裏面 B3 で内面反射した後、薄膜表面側の B4( A2 と同じ場所)に達し、屈折して空気中に放出され、成分 A と進路が重なります。
従って、成分 A と B の「走行距離差」は B2 B3 + B2 B3 ということになります。
ここで、裏面(反射面 B3C )を対称面として B3 B4 を折り返して B4 に共役な点 B4 ‘ を考えますと、 B3 B4 + B3 B ‘4 ですから、
(直角三角形 △ B2 B4 ' B4 に着目して、B1 での屈折角を θ と書くと)
「走行距離差」= B2 B3 + B3 B ’4 = B2 B ’4 = B4 B ’4・cosθ = 2t・cosθ
となります。従って光成分AとBの光路差は 2nt・cosθになります。
≪※2≫で示しましたように、薄膜表面で反射した後の光成分 A は位相が π(半波長分)だけずれていますので 光成分 A と B が干渉して強めあう(明るくなる)条件は、
となります。また両者が干渉して弱めあう(暗くなる)条件は
2nt cosθ = k・λ
となります。(ただし、k = 0 , 1 , 2 , ・・・・・)
光と色の話 第一部
第22回 シャボン玉の色
・・・・・ 光の干渉による発色現象 ・・・・・
本連載第 19 回以降、自然界での色々な発色現象として、光の屈折現象、回折現象、散乱現象による発色を取り上げてきました。今回は、光の干渉現象による発色を取り上げてみましょう。
私たちが子供の頃、みんなシャボン玉で遊んだ経験がありますね。石鹸水には色はついていないのに、シャボン玉を膨らませると、シャボン玉の表面に色がついて見えました。また、フワフワと風に揺られながらゆっくりと飛んで行くシャボン玉の表面の色が、時々刻々変幻自在に変化していくことに気づいた人も多いと思います。なぜこのようにシャボン玉に色がつき、その色が時々刻々と変化していくのでしょうか。
また、雨で濡れた舗装道路上にクルマが落として行ったガソリンの油膜が虹に似た色の縞模様に見えることがありますね。また、クルマのフロントガラスに付いた油成分がワイパーで広がり、やはり虹に似た色の縞模様に見えることがありますね。これらも、発色の原理はシャボン玉と同じで、「光の干渉」と呼ばれる物理現象の結果なのです。
水面の波紋の重なり・・・・波動の干渉現象
港の桟橋などで岸壁から石ころを水面に投げ込むと、そこから周りに同心円状に波紋が広がって行きます。この波紋は波の「山」から「山」まで(「谷」から「谷」まで)の距離が一定等間隔で広がっていきます。(「山」から「山」まで、あるいは「谷」から「谷」までの距離が波長です。)もし水面に浮遊物があれば、波紋の広がりに応じて、(風が無ければ)同じ場所で振幅、振動数が一定の規則的な上下運動をするのが観察されます。
この波紋が岸壁まで到達して岸壁によって反射されると、返す波となって後続の進行してくる波紋と重なり合う現象が発生します。水面の浮遊物は、岸壁による反射が発生するまでは規則的な上下運動をしていたのが、返す波が重なりあうと、複雑な上下運動をするようになります。この運動が波の重なり合い、すなわち「波の干渉」の結果が眼に見える形で現れたものです。
右図のように、寄せる波と返す波の「山」と「山」、「谷」と「谷」が重なる(これを位相が合う、と言います)と、波は強め合うことになります。また「山」と「谷」が重なる(これを逆位相と言います)と弱め合って波は消滅します。これらは最も極端な位相関係の場合ですが、位相のずれ方によって双方の波の干渉の仕方は様々に変わります。水面の浮遊物には様々な位相関係の寄せる波と返す波が次から次へと到来しますので、浮遊物は複雑な浮き沈みの上下運動をすることになる訳です。
波紋の干渉の例としてもう一つお話しましょう。
本連載の第 20 回「光環」でお話しました、池やプールなどに設けられた穴の開いた隔壁に向かって波(平面波)が寄せてくる場合のイメージ図で考えて見ましょう。今回は、隔壁に2箇所穴が開いているとします。この隔壁に向かって平面波が進行してくると、2つの穴を通過した波は同時に回折を起こし、波紋として広がっていきます。そして穴を通過した二組の波紋が互いに重なり合い、干渉を起こします。
図において、実線を波紋の「山」、破線を「谷」とすれば、実線同士が重なる部分は「山」同士が強め合い、破線同士が重なる部分は「谷」同士が強め合います。それに対して、実線と破線が重なる部分は「山」と「谷」が打ち消しあって、波が消滅してしまいます。その結果、離散的に或る特定角度方向に進行する波のみが強め合い、その中間角度の方向については波が消滅してしまうという現象が発生します。
以上は、水面で回折した波同士の干渉で、干渉のメカニズムが肉眼で容易に観察できるものです。光も波動の性質を持っていますので、水面の波紋と全く同様な干渉現象が発生します。ただ、光の波長は水面の波紋の波長に比べて極めて短いため、干渉の様子を具体的に肉眼で観察するには、残念ながら特殊な実験装置を用いないとなかなか困難です。
透明な薄膜内における光の多重反射
シャボン玉の膜のように、透明で非常に薄い膜(膜厚 t1 、屈折率 n1 )に、或る波長 λR の単色光が入射した場合の干渉現象を考えてみましょう。入射光は薄膜表面に達すると、一部は反射し残りは薄膜内部に屈折して進入します。進入した光はそのまま膜内を進行し、膜の裏面で一部は反射し、残りは反対側の空間に透過します。裏面で反射した光は膜内を元来た方向へ逆進し、膜表面側に達します。ここでまた、一部は反射し、残りは透過して入射側空間に戻って行きます。このようにして、薄膜内の表面と裏面の間で繰り返して反射(多重反射)が起こります。膜内での多重反射の結果、光が膜の表面に到達する度に薄膜内から入射側空間に膜表面透過光が重なって放出されることになります。これらの膜表面透過光は巨視的には膜面での反射光として認識されます。(同様に光が膜の裏面に到達する毎に反対側の空間に薄膜内からの透過光が放出されることになります。)
なお、右の図は、多重反射の様子が分り易いように、入射角を大きめにして描いてあります。
多重反射における光の「走行距離差」≪※1≫
薄膜内での光の多重反射について、もう少し詳しく見てみましょう。今、簡単のため、膜厚 t1 、屈折率 n1 の薄膜への入射光の内、膜表面で反射された反射光成分 A と、裏面で 1 回反射された後、薄膜内部から膜表面を介して入射側空間に透過放出された光成分Bに着目します。光成分 B は、光成分 A に比べて薄膜内の厚み方向の 1 往復分の距離(右図の赤矢印部分)だけ多く走行し、入射側空間に放出された段階で、光成分 A と進路が重なることになります。(垂直入射の場合、「走行距離差」は 2t1 となります。)
同様に、それ以降の膜内での多重反射についても、入射側空間へ放出される光は、膜内での裏面反射 1 回につき 1 往復分だけ走行距離を重ねたものになっています。従って、膜表面での巨視的反射光は、最初に膜表面で反射された光成分Aに、光成分 B 以降の多重反射を経た光成分が重なったものになっています。
薄膜内における光の「走行距離差」 と 干渉の起こり方
(薄膜内での)光の「走行距離差」と波長との相互関係によって干渉の起こり方が変わってきます。以下、光成分 A と B を例にとって直感的な説明をします≪※1≫。「走行距離差」が波長 λR の「整数倍」であるときには、光成分 A と B は、位相が揃う(「山」と「山」、「谷」と「谷」が揃う)ことになり、互いに強め合うことになります。従って、この場合には、薄膜内での多重反射により、入射側空間に再放出される全ての光成分は、互いに強め合うことになり、巨視的に見た膜面での反射は非常に強くなります。
次に、全く同じ薄膜に対して、異なる波長 λG の単色光が入射した場合はどうなるでしょう。この「走行距離差」が入射光の波長 λG の「整数倍」でない場合、例えば最も極端な場合として、「波長 λG の整数倍 + 半波長」だけずれている場合はどうなるでしょうか。光成分 A と B は、ちょうど位相が逆位相の関係となり、「山」と「谷」が重なり、打ち消し合うことになります。つまり、巨視的に見た膜表面の反射は無くなってしまい、薄膜に入射した光は全て膜表面を透過して膜内に進入することになります。
つまり、入射光の波長に依存して干渉条件が変化し、巨視的にみた反射光が強くなったり、弱くなったりすることになる訳です。その結果、特定の波長のみが強い光として眼に入射することになり、その波長に対応する色が見えることになります。
薄膜での光の干渉を左右する諸条件
以上の説明は入射光の波長 λ との関係で薄膜での干渉の起こり方の変化を説明したのですが、「走行距離差」に影響を与えるような他の条件が変化しても、同様に干渉の起こり方は変わります。
薄膜の厚み ( t ) が変化( t1 → t2 )すれば当然「走行距離差」が変化します(垂直入射の場合は 2t1 → 2t2 )。従って、厚みが t1 の時は、入射光の波長 λG に対して巨視的反射光が強めあう干渉条件であったのに対して、厚みが t2 になると、同じ波長 λG に対して打ち消しあう干渉条件になってしまうことが起こりえます。
また、膜面への入射光の入射角度 θ が変化( θ は観察方向に関係して変化)すると膜表面での屈折角が変化し、その結果、膜内を往復する距離が変わりますので、「走行距離差」が変化します。
上記の説明は、「光の走行距離」という表現を用いた直感的な分り易さを優先した大雑把な説明で、必ずしも正確な説明ではありません。厳密には薄膜の厚さ以外にも、媒質(空気と薄膜)の屈折率比≪※1≫、媒質境界面での反射時の光波の位相変化≪※2≫、等によって干渉の条件が決まります≪※3≫。
厳密な話は注釈≪※1 ~ 3≫を参照していただくとして、膜の厚さ、入射角度、薄膜の屈折率などの諸条件の組み合わせに応じて、薄膜表面での反射光や薄膜内で多重反射した光成分同士の間で、位相が揃うと強め合い、逆位相になると打ち消し合うという干渉が起こり、その結果その条件に応じた特定の波長の光のみが強い状態となって眼に入射することによって、干渉色が生ずる訳です。
シャボン玉の色
以上にお話した薄膜での干渉現象の身近な例がシャボン玉です。シャボン玉の膜の表面(外側)と裏面(内側)の間での光の多重反射により干渉色が見える訳です。
シャボン玉を照らす光は太陽や電球などで、これらの光には様々な波長の光が含まれています。
シャボン玉の膜の厚みは場所によって微妙に異なっており、また、重力の影響や、吹き出す息の強さ、シャボン玉に当たる風の強さによっても時々刻々膜厚が変化しています。また、シャボン玉は、表面の位置によって観察者から見る角度が異なることに加えて、球の撓みかたも変化しながら飛んで行きますし、飛んで行くシャボン玉と観察者の位置も時々刻々変化します。その結果、あのようにシャボン玉は時々刻々色が変幻自在に変化して見えるのですね。
雨の道路上のガソリン油膜の縞模様の色
雨で濡れた舗装道路上に落とされたガソリンは、非常に薄い油膜となって水の層の上に広がります。この油膜に光が入射すると干渉が起こり、色のついた縞模様が見えます。舗装道路面の微妙な凹凸の影響もあって油膜の厚みが場所によって異なりますので、縞模様は様々な形状をとり、また、見る方向によっても変化します。なぜこのような見え方をするのかは、シャボン玉の色と同じ原理によるもので、上記の説明でお解りいただけるのではないかと思います。
注釈
≪※1≫ 光の「走行距離」と「光学的距離(光路長)」
屈折率 n の均一な媒質中を実際の距離 d だけ光が走行した場合、屈折率と距離の積 nd を「光学的距離( optical path
length )」あるいは「光路長」と言います。
屈折率 n の媒質中の光の走行速度は、真空中(屈折率 = 1 )の走行速度に対して 1 / n になります。例えば水
(屈折率 n ≒ 1.33 )の中では 1 / n ≒ 1 / 1.33 ≒ 3 / 4 になります。従って、真空中の或る距離 d を走行する時間に対して、水中で同じ距離 d を走行するにはその逆数の 1.33 倍の時間、つまり屈折率分だけ長い時間がかかることになります。
一方、波長に着目すると、光の振動数は媒質の屈折率 n には依存せず一定ですので、走行速度が 1 / n となるということは、その媒質中での波長が真空中での波長の 1 / n になるということです。例えば空気(屈折率 ≒ 1 )から水(屈折率 n ≒ 1.33 )へ進行した場合、水中での波長は約 1 / 1.33 ≒ 3 / 4 に短くなります。
つまり、実際には媒質中では波長がその媒質の屈折率比分だけ短くなるのですが、波長を固定して考えると、媒質中では等価的に走行距離が屈折率比分だけ伸びたこととして扱えるということです。これが「光学的距離(光路長)」の考え方です。
光 A と光 B がそれぞれ或る経路を或る距離走行したとき、これらの「走行距離の差」に対応する「光路長の差」を光 A と B の「光路差」と言います。
≪※2≫ 屈折率の異なる媒質界面での光波の反射
光波が屈折率の小さい媒質中を走行して、屈折率の大きい媒質との界面で反射する場合は、固定端反射のように、反射した光の位相は π だけ(すなわち 1 / 2 波長分だけ)ずれます。位相が π ずれるということは、例えば光波が反射界面に達した瞬間に「山」であったものが反射直後は「谷」になる、ということです。
逆に、光波が屈折率の大きい媒質中を走行して、屈折率の小さい媒質との界面で反射した光は自由端反射のように位相はずれません。つまり、光波が反射界面に達した瞬間に例えば「山」であれば反射直後も「山」の状態であるということです。
薄膜での干渉においては、空気の屈折率( ≒ 1 )に対して薄膜の屈折率( n )が大きい( n > 1 )ので、光が空気中から薄膜に入射するときに、薄膜内に進行せずに薄膜表面で反射した光は位相が π (すなわち 1 / 2 波長)だけずれるのに対して、薄膜内に進行して膜内で多重反射した光は位相はずれません。
≪※3≫ 薄膜における干渉条件
薄膜(膜厚 t 、屈折率 n ) に斜め方向から入射する波長 λ の光(平面波)について、成分AとBに分けて考えます。成分 A と B は位相が揃った状態で進行してきますが、成分 B の波面の方が早く薄膜の表面 ( B1 )に到達して薄膜内部に屈折して進行するのに対し、成分 A の波面は或る時間遅れて薄膜表面( A2 )に到達し、その一部は鏡面反射されます。成分 A の波面が A2 に達した時点で成分 B の波面は薄膜内の B2 まで進行しています。その後、成分 B は裏面 B3 で内面反射した後、薄膜表面側の B4( A2 と同じ場所)に達し、屈折して空気中に放出され、成分 A と進路が重なります。
従って、成分 A と B の「走行距離差」は B2 B3 + B2 B3 ということになります。
ここで、裏面(反射面 B3C )を対称面として B3 B4 を折り返して B4 に共役な点 B4 ‘ を考えますと、 B3 B4 + B3 B ‘4 ですから、
(直角三角形 △ B2 B4 ' B4 に着目して、B1 での屈折角を θ と書くと)
「走行距離差」= B2 B3 + B3 B ’4 = B2 B ’4 = B4 B ’4・cosθ = 2t・cosθ
となります。従って光成分AとBの光路差は 2nt・cosθになります。
≪※2≫で示しましたように、薄膜表面で反射した後の光成分 A は位相が π(半波長分)だけずれていますので 光成分 A と B が干渉して強めあう(明るくなる)条件は、
となります。また両者が干渉して弱めあう(暗くなる)条件は
2nt cosθ = k・λ
となります。(ただし、k = 0 , 1 , 2 , ・・・・・)
光と色の話 第一部
第22回 シャボン玉の色
・・・・・ 光の干渉による発色現象 ・・・・・
本連載第 19 回以降、自然界での色々な発色現象として、光の屈折現象、回折現象、散乱現象による発色を取り上げてきました。今回は、光の干渉現象による発色を取り上げてみましょう。
私たちが子供の頃、みんなシャボン玉で遊んだ経験がありますね。石鹸水には色はついていないのに、シャボン玉を膨らませると、シャボン玉の表面に色がついて見えました。また、フワフワと風に揺られながらゆっくりと飛んで行くシャボン玉の表面の色が、時々刻々変幻自在に変化していくことに気づいた人も多いと思います。なぜこのようにシャボン玉に色がつき、その色が時々刻々と変化していくのでしょうか。
また、雨で濡れた舗装道路上にクルマが落として行ったガソリンの油膜が虹に似た色の縞模様に見えることがありますね。また、クルマのフロントガラスに付いた油成分がワイパーで広がり、やはり虹に似た色の縞模様に見えることがありますね。これらも、発色の原理はシャボン玉と同じで、「光の干渉」と呼ばれる物理現象の結果なのです。
水面の波紋の重なり・・・・波動の干渉現象
港の桟橋などで岸壁から石ころを水面に投げ込むと、そこから周りに同心円状に波紋が広がって行きます。この波紋は波の「山」から「山」まで(「谷」から「谷」まで)の距離が一定等間隔で広がっていきます。(「山」から「山」まで、あるいは「谷」から「谷」までの距離が波長です。)もし水面に浮遊物があれば、波紋の広がりに応じて、(風が無ければ)同じ場所で振幅、振動数が一定の規則的な上下運動をするのが観察されます。
この波紋が岸壁まで到達して岸壁によって反射されると、返す波となって後続の進行してくる波紋と重なり合う現象が発生します。水面の浮遊物は、岸壁による反射が発生するまでは規則的な上下運動をしていたのが、返す波が重なりあうと、複雑な上下運動をするようになります。この運動が波の重なり合い、すなわち「波の干渉」の結果が眼に見える形で現れたものです。
右図のように、寄せる波と返す波の「山」と「山」、「谷」と「谷」が重なる(これを位相が合う、と言います)と、波は強め合うことになります。また「山」と「谷」が重なる(これを逆位相と言います)と弱め合って波は消滅します。これらは最も極端な位相関係の場合ですが、位相のずれ方によって双方の波の干渉の仕方は様々に変わります。水面の浮遊物には様々な位相関係の寄せる波と返す波が次から次へと到来しますので、浮遊物は複雑な浮き沈みの上下運動をすることになる訳です。
波紋の干渉の例としてもう一つお話しましょう。
本連載の第 20 回「光環」でお話しました、池やプールなどに設けられた穴の開いた隔壁に向かって波(平面波)が寄せてくる場合のイメージ図で考えて見ましょう。今回は、隔壁に2箇所穴が開いているとします。この隔壁に向かって平面波が進行してくると、2つの穴を通過した波は同時に回折を起こし、波紋として広がっていきます。そして穴を通過した二組の波紋が互いに重なり合い、干渉を起こします。
図において、実線を波紋の「山」、破線を「谷」とすれば、実線同士が重なる部分は「山」同士が強め合い、破線同士が重なる部分は「谷」同士が強め合います。それに対して、実線と破線が重なる部分は「山」と「谷」が打ち消しあって、波が消滅してしまいます。その結果、離散的に或る特定角度方向に進行する波のみが強め合い、その中間角度の方向については波が消滅してしまうという現象が発生します。
以上は、水面で回折した波同士の干渉で、干渉のメカニズムが肉眼で容易に観察できるものです。光も波動の性質を持っていますので、水面の波紋と全く同様な干渉現象が発生します。ただ、光の波長は水面の波紋の波長に比べて極めて短いため、干渉の様子を具体的に肉眼で観察するには、残念ながら特殊な実験装置を用いないとなかなか困難です。
透明な薄膜内における光の多重反射
シャボン玉の膜のように、透明で非常に薄い膜(膜厚 t1 、屈折率 n1 )に、或る波長 λR の単色光が入射した場合の干渉現象を考えてみましょう。入射光は薄膜表面に達すると、一部は反射し残りは薄膜内部に屈折して進入します。進入した光はそのまま膜内を進行し、膜の裏面で一部は反射し、残りは反対側の空間に透過します。裏面で反射した光は膜内を元来た方向へ逆進し、膜表面側に達します。ここでまた、一部は反射し、残りは透過して入射側空間に戻って行きます。このようにして、薄膜内の表面と裏面の間で繰り返して反射(多重反射)が起こります。膜内での多重反射の結果、光が膜の表面に到達する度に薄膜内から入射側空間に膜表面透過光が重なって放出されることになります。これらの膜表面透過光は巨視的には膜面での反射光として認識されます。(同様に光が膜の裏面に到達する毎に反対側の空間に薄膜内からの透過光が放出されることになります。)
なお、右の図は、多重反射の様子が分り易いように、入射角を大きめにして描いてあります。
多重反射における光の「走行距離差」≪※1≫
薄膜内での光の多重反射について、もう少し詳しく見てみましょう。今、簡単のため、膜厚 t1 、屈折率 n1 の薄膜への入射光の内、膜表面で反射された反射光成分 A と、裏面で 1 回反射された後、薄膜内部から膜表面を介して入射側空間に透過放出された光成分Bに着目します。光成分 B は、光成分 A に比べて薄膜内の厚み方向の 1 往復分の距離(右図の赤矢印部分)だけ多く走行し、入射側空間に放出された段階で、光成分 A と進路が重なることになります。(垂直入射の場合、「走行距離差」は 2t1 となります。)
同様に、それ以降の膜内での多重反射についても、入射側空間へ放出される光は、膜内での裏面反射 1 回につき 1 往復分だけ走行距離を重ねたものになっています。従って、膜表面での巨視的反射光は、最初に膜表面で反射された光成分Aに、光成分 B 以降の多重反射を経た光成分が重なったものになっています。
薄膜内における光の「走行距離差」 と 干渉の起こり方
(薄膜内での)光の「走行距離差」と波長との相互関係によって干渉の起こり方が変わってきます。以下、光成分 A と B を例にとって直感的な説明をします≪※1≫。「走行距離差」が波長 λR の「整数倍」であるときには、光成分 A と B は、位相が揃う(「山」と「山」、「谷」と「谷」が揃う)ことになり、互いに強め合うことになります。従って、この場合には、薄膜内での多重反射により、入射側空間に再放出される全ての光成分は、互いに強め合うことになり、巨視的に見た膜面での反射は非常に強くなります。
次に、全く同じ薄膜に対して、異なる波長 λG の単色光が入射した場合はどうなるでしょう。この「走行距離差」が入射光の波長 λG の「整数倍」でない場合、例えば最も極端な場合として、「波長 λG の整数倍 + 半波長」だけずれている場合はどうなるでしょうか。光成分 A と B は、ちょうど位相が逆位相の関係となり、「山」と「谷」が重なり、打ち消し合うことになります。つまり、巨視的に見た膜表面の反射は無くなってしまい、薄膜に入射した光は全て膜表面を透過して膜内に進入することになります。
つまり、入射光の波長に依存して干渉条件が変化し、巨視的にみた反射光が強くなったり、弱くなったりすることになる訳です。その結果、特定の波長のみが強い光として眼に入射することになり、その波長に対応する色が見えることになります。
薄膜での光の干渉を左右する諸条件
以上の説明は入射光の波長 λ との関係で薄膜での干渉の起こり方の変化を説明したのですが、「走行距離差」に影響を与えるような他の条件が変化しても、同様に干渉の起こり方は変わります。
薄膜の厚み ( t ) が変化( t1 → t2 )すれば当然「走行距離差」が変化します(垂直入射の場合は 2t1 → 2t2 )。従って、厚みが t1 の時は、入射光の波長 λG に対して巨視的反射光が強めあう干渉条件であったのに対して、厚みが t2 になると、同じ波長 λG に対して打ち消しあう干渉条件になってしまうことが起こりえます。
また、膜面への入射光の入射角度 θ が変化( θ は観察方向に関係して変化)すると膜表面での屈折角が変化し、その結果、膜内を往復する距離が変わりますので、「走行距離差」が変化します。
上記の説明は、「光の走行距離」という表現を用いた直感的な分り易さを優先した大雑把な説明で、必ずしも正確な説明ではありません。厳密には薄膜の厚さ以外にも、媒質(空気と薄膜)の屈折率比≪※1≫、媒質境界面での反射時の光波の位相変化≪※2≫、等によって干渉の条件が決まります≪※3≫。
厳密な話は注釈≪※1 ~ 3≫を参照していただくとして、膜の厚さ、入射角度、薄膜の屈折率などの諸条件の組み合わせに応じて、薄膜表面での反射光や薄膜内で多重反射した光成分同士の間で、位相が揃うと強め合い、逆位相になると打ち消し合うという干渉が起こり、その結果その条件に応じた特定の波長の光のみが強い状態となって眼に入射することによって、干渉色が生ずる訳です。
シャボン玉の色
以上にお話した薄膜での干渉現象の身近な例がシャボン玉です。シャボン玉の膜の表面(外側)と裏面(内側)の間での光の多重反射により干渉色が見える訳です。
シャボン玉を照らす光は太陽や電球などで、これらの光には様々な波長の光が含まれています。
シャボン玉の膜の厚みは場所によって微妙に異なっており、また、重力の影響や、吹き出す息の強さ、シャボン玉に当たる風の強さによっても時々刻々膜厚が変化しています。また、シャボン玉は、表面の位置によって観察者から見る角度が異なることに加えて、球の撓みかたも変化しながら飛んで行きますし、飛んで行くシャボン玉と観察者の位置も時々刻々変化します。その結果、あのようにシャボン玉は時々刻々色が変幻自在に変化して見えるのですね。
雨の道路上のガソリン油膜の縞模様の色
雨で濡れた舗装道路上に落とされたガソリンは、非常に薄い油膜となって水の層の上に広がります。この油膜に光が入射すると干渉が起こり、色のついた縞模様が見えます。舗装道路面の微妙な凹凸の影響もあって油膜の厚みが場所によって異なりますので、縞模様は様々な形状をとり、また、見る方向によっても変化します。なぜこのような見え方をするのかは、シャボン玉の色と同じ原理によるもので、上記の説明でお解りいただけるのではないかと思います。
注釈
≪※1≫ 光の「走行距離」と「光学的距離(光路長)」
屈折率 n の均一な媒質中を実際の距離 d だけ光が走行した場合、屈折率と距離の積 nd を「光学的距離( optical path
length )」あるいは「光路長」と言います。
屈折率 n の媒質中の光の走行速度は、真空中(屈折率 = 1 )の走行速度に対して 1 / n になります。例えば水
(屈折率 n ≒ 1.33 )の中では 1 / n ≒ 1 / 1.33 ≒ 3 / 4 になります。従って、真空中の或る距離 d を走行する時間に対して、水中で同じ距離 d を走行するにはその逆数の 1.33 倍の時間、つまり屈折率分だけ長い時間がかかることになります。
一方、波長に着目すると、光の振動数は媒質の屈折率 n には依存せず一定ですので、走行速度が 1 / n となるということは、その媒質中での波長が真空中での波長の 1 / n になるということです。例えば空気(屈折率 ≒ 1 )から水(屈折率 n ≒ 1.33 )へ進行した場合、水中での波長は約 1 / 1.33 ≒ 3 / 4 に短くなります。
つまり、実際には媒質中では波長がその媒質の屈折率比分だけ短くなるのですが、波長を固定して考えると、媒質中では等価的に走行距離が屈折率比分だけ伸びたこととして扱えるということです。これが「光学的距離(光路長)」の考え方です。
光 A と光 B がそれぞれ或る経路を或る距離走行したとき、これらの「走行距離の差」に対応する「光路長の差」を光 A と B の「光路差」と言います。
≪※2≫ 屈折率の異なる媒質界面での光波の反射
光波が屈折率の小さい媒質中を走行して、屈折率の大きい媒質との界面で反射する場合は、固定端反射のように、反射した光の位相は π だけ(すなわち 1 / 2 波長分だけ)ずれます。位相が π ずれるということは、例えば光波が反射界面に達した瞬間に「山」であったものが反射直後は「谷」になる、ということです。
逆に、光波が屈折率の大きい媒質中を走行して、屈折率の小さい媒質との界面で反射した光は自由端反射のように位相はずれません。つまり、光波が反射界面に達した瞬間に例えば「山」であれば反射直後も「山」の状態であるということです。
薄膜での干渉においては、空気の屈折率( ≒ 1 )に対して薄膜の屈折率( n )が大きい( n > 1 )ので、光が空気中から薄膜に入射するときに、薄膜内に進行せずに薄膜表面で反射した光は位相が π (すなわち 1 / 2 波長)だけずれるのに対して、薄膜内に進行して膜内で多重反射した光は位相はずれません。
≪※3≫ 薄膜における干渉条件
薄膜(膜厚 t 、屈折率 n ) に斜め方向から入射する波長 λ の光(平面波)について、成分AとBに分けて考えます。成分 A と B は位相が揃った状態で進行してきますが、成分 B の波面の方が早く薄膜の表面 ( B1 )に到達して薄膜内部に屈折して進行するのに対し、成分 A の波面は或る時間遅れて薄膜表面( A2 )に到達し、その一部は鏡面反射されます。成分 A の波面が A2 に達した時点で成分 B の波面は薄膜内の B2 まで進行しています。その後、成分 B は裏面 B3 で内面反射した後、薄膜表面側の B4( A2 と同じ場所)に達し、屈折して空気中に放出され、成分 A と進路が重なります。
従って、成分 A と B の「走行距離差」は B2 B3 + B2 B3 ということになります。
ここで、裏面(反射面 B3C )を対称面として B3 B4 を折り返して B4 に共役な点 B4 ‘ を考えますと、 B3 B4 + B3 B ‘4 ですから、
(直角三角形 △ B2 B4 ' B4 に着目して、B1 での屈折角を θ と書くと)
「走行距離差」= B2 B3 + B3 B ’4 = B2 B ’4 = B4 B ’4・cosθ = 2t・cosθ
となります。従って光成分AとBの光路差は 2nt・cosθになります。
≪※2≫で示しましたように、薄膜表面で反射した後の光成分 A は位相が π(半波長分)だけずれていますので 光成分 A と B が干渉して強めあう(明るくなる)条件は、
となります。また両者が干渉して弱めあう(暗くなる)条件は
2nt cosθ = k・λ
となります。(ただし、k = 0 , 1 , 2 , ・・・・・)