光と色の話 第二部
第5回 光の「個数」を勘定する(光子計数)
明暗は連続量か?
私達は、光の強さや明るさ(放射量や測光量)について、日常感覚としてはアナログ的な連続量として受け止め、理解しています。例えば、陽が落ちてやがて夜の帳が降り、夜更けとともに闇の世界が広がっていきますが、この明るさ感覚の変化は万人が時々刻々の連続的変化として捉えています。私たちが「明るさ」を知りたい時、照度計や輝度計等を用いて測定し、照度の場合は lx 、輝度の場合は cd/m2 という単位で測光値を得ることになりますが、この測光値も事実上連続的に変化するものとして捉えているのが普通です
一方、第一部第2回「光は電磁波の一種」の註釈≪※2≫、≪※3≫で触れました様に、光の最小単位は光子(photon)という粒子で、この光子が多数飛来することによって照度(放射照度)や輝度(放射輝度)という明るさ(光の強さ)が生じています。つまり、日常感覚からはなかなか想像しにくいのですが、時間・空間に亘って光を極めて細かく分割して行くと、究極には連続量ではなくて、光子 1 個 1 個からなる不連続量に行き着くことになります。
「明るさ」、「暗さ」と光子の数
映画館の客席や月明りの夜など、私たちはかなり暗いという感覚で捉えていますが、このようなところでの照度は一般的には数 lx 以下の場合が多い様です。仮に照度 1 lx とした場合、この明るさを生じさせる光子数 n はどの位になるのか、大雑把に計算してみましょう。
計算を簡単にするため、波長 λ = 555 nm(= 5.55 × 10-7 m)の単色光で考えてみます。( λ = 555 nm の単色光 としたのは、この波長は標準分光視感効率 V ( λ )のピーク、すなわち、V (555)=1 となり計算が簡単になるためです。)
計算の過程は脚注≪※1≫を参照していただくとして、計算結果は、照度 1 lx は、1m2 の面積に毎秒およそ
n ≒ 4 × 1015 [ 1/(m2 ・ s )] という、とてつもない大量の光子群の到来に相当するということになります。1cm2 当たりに換算しますと、それでも n = 4 × 1011 [ 1/( cm2 ・ s )](毎秒 4000 億個)という大きな数字になります。つまり、人間の視覚にとっては 1 lx の暗い照度であっても、これほど多数の光子が降り注いでいる訳ですから、視覚応答の感度および時間の分解能をはるかに超えており、連続量としてしか認識できない領域である訳です。
極微弱光測定のための検出器
通常、光を計測する際の検出器としては、シリコン、ゲルマニウム、ガリウム砒素等の半導体受光素子が使われることが多いのですが、微弱な光になると感度不足で十分な検出出力が得られず測定不能となってしまいます。このような通常の半導体受光素子での検出ができない微弱光領域でよく使用されるのが光電子増倍管( photomultiplier tube, 略して PMT )といわれる真空管式検出器です。光電子増倍管は、真空中の金属や半導体(光電面)に光子を入射させるとその表面から光電子が放出されるという現象(外部光電効果≪※2≫)を利用し、放出された電子(二次電子)を鼠算的に増倍することによって極微弱光の検出を可能にした光検出器です。
光電子増倍管の構造と仕組み
光電子増倍管では、受光窓のすぐ後ろの光電面に続いて、ダイノードと呼ばれる二次電子を増倍するための電極群が複数段( 10 段程度のものが多い)設けられ、増倍された電子群を収集し、電流として出力する陽極(アノード)が最後段に設けられています。光電面から陽極に亘って、全体で(多くの場合は) 1000 V 程度の高電圧が印加され、中間の隣接ダイノード間にはそれぞれ均等な電位差( 100 V 程度)が生じるようになっています。光電面への光子入射によって放出された光電子は、-(マイナス)の電荷を持っており、光電面と初段のダイノード電極との電位差によって加速されて初段ダイノードに衝突し、数個の二次電子を叩き出します。
これらの二次電子は更に2段目のダイノードに加速・衝突してそれぞれの電子毎にまた複数個の電子を放出します。このような電子再放出をダイノード段数分繰り返し、電子数は鼠算的に急速に増倍されていくことになります。最後段の陽極(アノード)で増倍された発生電子群を収集し電流出力が得られる仕組みになっています。≪※3≫
光電子増倍管の分光応答度
光電子増倍管は、光電面の種類と受光窓の材料の組み合わせによって、検出器としての分光応答度特性(入射光子に対する光電子への変換効率)が異なります。現状、紫外~可視~近赤外(概ね 110 ~ 1000 nm の波長範囲、特殊なものは 1400 nm 辺りまで)に亘って、様々な分光応答度特性の光電子増倍管が各種市販されていますので、測定対象光、測定目的に応じて選択して使用する必要があります。
外部光電効果が発生するためには、入射光子エネルギーが物体(光電面)の仕事関数よりも大きいことが前提条件になります。光子エネルギーは、e = h ・ ν = h ・ c / λ ( h 、 ν 、 c は注釈≪※1≫参照 ) ですから、光子の振動数 ν が或るレベルより大きい、つまり或る波長 λ より短いことが必要、ということになります。従って、実際の光電面の材質によって、分光応答度の波長上限が物性的に制限されてしまい、近赤外領域までしか感度がなく、それより長い波長帯には対応できないのが現状の様です。
光電子増倍管の出力信号処理回路
光電子増倍管で増倍された検出信号出力を後段の処理回路で受けることになりますが、試料光の強さ、すなわち光電面に入射する単位時間当たりの光子数によって、後段の処理回路の構成は対応が異なってきます。
試料光が強い(光子数が多い)場合は、光電面には光子群が同時的かつ連続的に多数入射することになり、個々の光子によって発生した電子群は同時進行的に重畳して増倍され、個々の光子毎の増倍電子を時間的に分離できなくなるため、陽極出力はほぼ直流的な(あるいは交流成分を含んだ直流的な)電流信号となります。従ってこのような場合はアナログ的に直流増幅器あるいは交流増幅器≪※4≫を用いて測定することになります。
試料光が極めて微弱である場合には、光電面に入射する光子は時間的にポツン、ポツンと離散して到来しますので、陽極からの出力は、時間的に離散した電流パルス列の形になります。つまり、個別入射光子毎に出力電流パルスが対応することになり、そのパルス数を計数することにより、入射光子の数を正確に勘定できることになります。逆に言えば、測定対象光が明るいほど(単位時間の入射光子数が多いほど)出力パルスが重畳する確率が高くなりますので、測定の直線性が悪化していきます。
通常、1 個のパルス幅は数 ns (ナノ秒、1 ns = 10-9 s )程度で、実際には光電子増倍管の陽極出力電流を広帯域≪※5≫のパルス増幅器で増幅・電圧変換して計数回路によってカウントするのですが、以下のように、計数処理の手前で、ノイズ成分をカットするために波高弁別器( pulse height discriminator )と呼ばれる回路によって事前処理を行います。
光電面からダイノード群を経て陽極に達する増倍過程においては、光電面に入射した光子による信号成分だけではなく、光電面や中間ダイノード面から放出された熱電子等によるノイズ成分(暗電流パルス)も含まれます。
これらのノイズ成分の多くは信号光子による出力電流値よりも小さい場合が殆どですので、ノイズパルスの波高は低くなっています。これは、ダイノードで発生した熱電子は、発生後の二次電子増倍段数が光電面で信号光子によって発生した光電子の増倍段数よりも少ないためです。波高弁別器によって、所定レベルよりも波高が高いパルスのみを選択し、波高値の低いノイズ(暗電流パルス)をカットして、計数回路に入力することによって、 S / N 比(信号対雑音比)の良い測定ができます。極微弱光の場合、アナログ的な増幅では、信号成分がノイズ成分に埋もれてしまい、なかなかS/N比の良い測定が難しいのですが、光子計数法はこのような問題を波高弁別器を用いてうまくクリアーして解決した極微弱光領域で直線性の非常に良い測定法です。
熱電子の発生確率はランダムであって、測定系を固定した条件の下では大きく変動するものではなく、測定対象の光子の入射を遮断しても発生するものです。従って、或る時間帯において試料光の変動が無視できるような場合には、予め所定のサンプリング測定時間( τ )を決めておいて、時間 τ だけ試料光を計数し、その直後(または直前)に同じ測定時間 τ の間、入射光を遮断して、熱電子によるノイズパルス数を計数し、試料光の光子計数値からノイズパルスの計数値を差し引く、という方法によってS/N比を改善するという手法もあります。
光子計数法の対象とする微弱光領域
光電子増倍管では、通常、1個の光子入力に対する出力電流パルス幅は数 ns 程度の場合が多い様です。従って、仮に、パルスペア分解能(個別に分離計数できる出力パルス最小時間間隔)を
5 ns ( = 5 × 10-9 秒 ) とすれば、単純計算で、毎秒最大
1 / ( 5 × 10-9 ) = 2 × 108 個のパルスまで計数できることになります。しかし、実際の光子の飛来は全くランダムですので、出力パルスの重畳を考慮すると、光子を個別に或る程度正しく計数するためには、それより 1 桁以上少ない光子数領域が測定対象ということになります。
冒頭で述べましたように、例えば波長 λ = 555 nm の単色光の場合、照度 1 lx を与える光子数は、 1 cm2 当たりに
毎秒 n ≒ 4 × 1011 [ 1 / ( cm2 ・ s ) ] ( 毎秒 4000 億個 ) ということでしたから、光子計数法が対象とする光子数領域上限を上記の理由から毎秒 2 × 107 [ 個 / s ] とすれば、光子計数法が主対象とする極微弱光のレベルというのは、 ( 光電子増倍管の光電面の面積を 1 cm2 と仮定した場合 )
( 2 × 107 ) / ( 4 × 1011 ) = 5 × 10-6 = 0.00005 [ lx ]
より、ごく大雑把に見積もって、測光量においては、おおよそ数万分の 1 lx 以下の領域であるということができます。注釈
≪※1≫ 波長 λ = 555 nm の単色光が照度 1 lx を与える時の光子
波長 λ の単一光子の持つエネルギーを e ( λ ) [ J ] と書くと、
ただし
- h: プランク定数 h = 6.626 × 10-34 [ J ・ s ]
- ν: 振動数 [ 1 / s ]
- c: 真空中の光速 c = 2.998 × 108 [ m / s ] ( c = ν ・ λ )
です。従って、この単色光光子が毎秒 n [ 1 / s ] 個到来する時の放射量を φe ( λ ) [ W ] と書くと、
一方、測光量 φ v [ lm ] と放射量 φe [ W ] の関係は一般に
ですから、波長 λ の単色光光子群が毎秒 n [ 1 / s ] 個到来する時の光束 φv ( λ ) [ lm ] は
となります。
今、標準分光視感効率 V ( λ )のピーク波長である、λ = 555 [ nm ] = 5.55 × 10-7 [ m ] の単色光の場合を考えると、
V ( 555 ) = 1 ですから
となります。
従って、照度 1 [ lx ] においては ( [ lx ] = [ lm / m2 ] ですから)
- 2.445 × 10-16 × n = 1 [ lm / m2 ]
- より n ≒ 4.09 × 1015 [ 1 / ( s ・ m2 ) ]
すなわち、波長 λ = 555 nm の単色光の場合、光子が毎秒、毎 m2当たりに 4.09 × 1015 個到来すると照度が 1 lx になるということになります。
≪※2≫ 光電効果
光電効果は、物体(金属等)に入射した光子が吸収されて、その光子エネルギーによって自由電子が生じる現象のこと(発生した電子を光電子と言います)ですが、これには大きく分けて、外部光電効果と内部光電効果があります。光子のエネルギー( e = h ・ ν )が、その物体固有の特性値(仕事関数)よりも大きい場合には、発生した光電子は物体外に放出され(外部光電効果)、小さい場合は物体内に留まり、電気伝導度を増加させたり、起電力を生じさせたりします(内部光電効果)。
光電子増倍管は、この外部光電効果を利用した光検出器で、その光電面は、仕事関数を小さくして光電子を放出しやすいような特殊な物質(一種の半導体)で作られています。一方、一般のシリコン受光素子などの半導体受光素子は内部光電効果を利用したものと言えます。
≪※3≫ 光電子増倍管の増倍率
光電子増倍管へ入射した 1 個の光子によって発生した光電子は多段ダイノードによって鼠算的に増倍され最終的には数百万 ~ 一千万個程度の電子数になって陽極に達します。
電子 1 個がダイノードへ入射して放出される二次電子の数(二次電子放出比)が m 個であり、ダイノードの段数が p 段であるとき、最終的に陽極に収集される電子数は(各ダイノード段での電子捕捉率が 100 % と仮定すると)理想的な単純計算で mp 個となります。二次電子放出比 m はダイノードの表面材質や印加電圧によって変わりますが、通常数個程度の場合が多い様です。仮に、m = 5、p = 10 の場合には 1 個の電子が 510 ≒ 970 万個に増倍されるということになります。
このように、光電子増倍管は、極めて高い増倍率を実現しているのですが、発生した二次電子がもし増倍の過程で次段のダイノードにうまく入射できなければ増倍に寄与できず、増倍率が低下してしまうことになってしまいます。従って、発生電子群を逃がさず受け止めて効率よく増倍させていくためにダイノード群の形状や配置には細心の工夫・注意が払われています。
また更に別の要因として、個々の電子のダイノードへの入射位置の違いやダイノード間の電位差の変動等の要因によって生じる個々の電子軌道が異なると、陽極への到達時間にバラツキが生じ、その結果陽極からの電流出力のパルス幅の広がりとなって現れます。従って、単位時間当たりの入射光子の数が多くなると(明るくなると)出力パルス間で重畳が発生して、計数誤差の原因ともなってきます。従って、ダイノードの形状、配置は、発生した電子群の捕捉率を高くするだけではなく、電子軌道の行程距離差を少なくして出力パルス幅広がりを抑え、できるだけ光子計数が可能な範囲(ダイナミックレンジ)を広くするという観点からも、細かい配慮がなされています。
≪※4≫ 交流増幅
光子計数の領域よりも入射光が強く、出力信号の交流成分が支配的な場合(変調光など)は、光電子増倍管の出力にキャパシタを介して交流成分だけを抽出して増幅する交流増幅器を用いることが多い様です。
≪※5≫ パルス増幅器の周波数特性
光電子増倍管の電流出力を増幅するパルス増幅器の周波数特性はできるだけ広帯域が望ましいと言えます。増幅器の周波数特性が狭いと、短時間で急激に上下変化する電流パルスを忠実に増幅できず、波形がなまってしまいますので、複数の入射光子の到来時間間隔が狭くなるとパルス波形同士が重畳して分離できなくなってしまうからです。つまり、パルス増幅器の周波数特性が狭いと、光子計数法の測定ダイナミックレンジの上限を制限してしまうことになります。
光と色の話 第二部
第5回 光の「個数」を勘定する(光子計数)
明暗は連続量か?
私達は、光の強さや明るさ(放射量や測光量)について、日常感覚としてはアナログ的な連続量として受け止め、理解しています。例えば、陽が落ちてやがて夜の帳が降り、夜更けとともに闇の世界が広がっていきますが、この明るさ感覚の変化は万人が時々刻々の連続的変化として捉えています。私たちが「明るさ」を知りたい時、照度計や輝度計等を用いて測定し、照度の場合は lx 、輝度の場合は cd/m2 という単位で測光値を得ることになりますが、この測光値も事実上連続的に変化するものとして捉えているのが普通です
一方、第一部第2回「光は電磁波の一種」の註釈≪※2≫、≪※3≫で触れました様に、光の最小単位は光子(photon)という粒子で、この光子が多数飛来することによって照度(放射照度)や輝度(放射輝度)という明るさ(光の強さ)が生じています。つまり、日常感覚からはなかなか想像しにくいのですが、時間・空間に亘って光を極めて細かく分割して行くと、究極には連続量ではなくて、光子 1 個 1 個からなる不連続量に行き着くことになります。
「明るさ」、「暗さ」と光子の数
映画館の客席や月明りの夜など、私たちはかなり暗いという感覚で捉えていますが、このようなところでの照度は一般的には数 lx 以下の場合が多い様です。仮に照度 1 lx とした場合、この明るさを生じさせる光子数 n はどの位になるのか、大雑把に計算してみましょう。
計算を簡単にするため、波長 λ = 555 nm(= 5.55 × 10-7 m)の単色光で考えてみます。( λ = 555 nm の単色光 としたのは、この波長は標準分光視感効率 V ( λ )のピーク、すなわち、V (555)=1 となり計算が簡単になるためです。)
計算の過程は脚注≪※1≫を参照していただくとして、計算結果は、照度 1 lx は、1m2 の面積に毎秒およそ
n ≒ 4 × 1015 [ 1/(m2 ・ s )] という、とてつもない大量の光子群の到来に相当するということになります。1cm2 当たりに換算しますと、それでも n = 4 × 1011 [ 1/( cm2 ・ s )](毎秒 4000 億個)という大きな数字になります。つまり、人間の視覚にとっては 1 lx の暗い照度であっても、これほど多数の光子が降り注いでいる訳ですから、視覚応答の感度および時間の分解能をはるかに超えており、連続量としてしか認識できない領域である訳です。
極微弱光測定のための検出器
通常、光を計測する際の検出器としては、シリコン、ゲルマニウム、ガリウム砒素等の半導体受光素子が使われることが多いのですが、微弱な光になると感度不足で十分な検出出力が得られず測定不能となってしまいます。このような通常の半導体受光素子での検出ができない微弱光領域でよく使用されるのが光電子増倍管( photomultiplier tube, 略して PMT )といわれる真空管式検出器です。光電子増倍管は、真空中の金属や半導体(光電面)に光子を入射させるとその表面から光電子が放出されるという現象(外部光電効果≪※2≫)を利用し、放出された電子(二次電子)を鼠算的に増倍することによって極微弱光の検出を可能にした光検出器です。
光電子増倍管の構造と仕組み
光電子増倍管では、受光窓のすぐ後ろの光電面に続いて、ダイノードと呼ばれる二次電子を増倍するための電極群が複数段( 10 段程度のものが多い)設けられ、増倍された電子群を収集し、電流として出力する陽極(アノード)が最後段に設けられています。光電面から陽極に亘って、全体で(多くの場合は) 1000 V 程度の高電圧が印加され、中間の隣接ダイノード間にはそれぞれ均等な電位差( 100 V 程度)が生じるようになっています。光電面への光子入射によって放出された光電子は、-(マイナス)の電荷を持っており、光電面と初段のダイノード電極との電位差によって加速されて初段ダイノードに衝突し、数個の二次電子を叩き出します。
これらの二次電子は更に2段目のダイノードに加速・衝突してそれぞれの電子毎にまた複数個の電子を放出します。このような電子再放出をダイノード段数分繰り返し、電子数は鼠算的に急速に増倍されていくことになります。最後段の陽極(アノード)で増倍された発生電子群を収集し電流出力が得られる仕組みになっています。≪※3≫
光電子増倍管の分光応答度
光電子増倍管は、光電面の種類と受光窓の材料の組み合わせによって、検出器としての分光応答度特性(入射光子に対する光電子への変換効率)が異なります。現状、紫外~可視~近赤外(概ね 110 ~ 1000 nm の波長範囲、特殊なものは 1400 nm 辺りまで)に亘って、様々な分光応答度特性の光電子増倍管が各種市販されていますので、測定対象光、測定目的に応じて選択して使用する必要があります。
外部光電効果が発生するためには、入射光子エネルギーが物体(光電面)の仕事関数よりも大きいことが前提条件になります。光子エネルギーは、e = h ・ ν = h ・ c / λ ( h 、 ν 、 c は注釈≪※1≫参照 ) ですから、光子の振動数 ν が或るレベルより大きい、つまり或る波長 λ より短いことが必要、ということになります。従って、実際の光電面の材質によって、分光応答度の波長上限が物性的に制限されてしまい、近赤外領域までしか感度がなく、それより長い波長帯には対応できないのが現状の様です。
光電子増倍管の出力信号処理回路
光電子増倍管で増倍された検出信号出力を後段の処理回路で受けることになりますが、試料光の強さ、すなわち光電面に入射する単位時間当たりの光子数によって、後段の処理回路の構成は対応が異なってきます。
試料光が強い(光子数が多い)場合は、光電面には光子群が同時的かつ連続的に多数入射することになり、個々の光子によって発生した電子群は同時進行的に重畳して増倍され、個々の光子毎の増倍電子を時間的に分離できなくなるため、陽極出力はほぼ直流的な(あるいは交流成分を含んだ直流的な)電流信号となります。従ってこのような場合はアナログ的に直流増幅器あるいは交流増幅器≪※4≫を用いて測定することになります。
試料光が極めて微弱である場合には、光電面に入射する光子は時間的にポツン、ポツンと離散して到来しますので、陽極からの出力は、時間的に離散した電流パルス列の形になります。つまり、個別入射光子毎に出力電流パルスが対応することになり、そのパルス数を計数することにより、入射光子の数を正確に勘定できることになります。逆に言えば、測定対象光が明るいほど(単位時間の入射光子数が多いほど)出力パルスが重畳する確率が高くなりますので、測定の直線性が悪化していきます。
通常、1 個のパルス幅は数 ns (ナノ秒、1 ns = 10-9 s )程度で、実際には光電子増倍管の陽極出力電流を広帯域≪※5≫のパルス増幅器で増幅・電圧変換して計数回路によってカウントするのですが、以下のように、計数処理の手前で、ノイズ成分をカットするために波高弁別器( pulse height discriminator )と呼ばれる回路によって事前処理を行います。
光電面からダイノード群を経て陽極に達する増倍過程においては、光電面に入射した光子による信号成分だけではなく、光電面や中間ダイノード面から放出された熱電子等によるノイズ成分(暗電流パルス)も含まれます。
これらのノイズ成分の多くは信号光子による出力電流値よりも小さい場合が殆どですので、ノイズパルスの波高は低くなっています。これは、ダイノードで発生した熱電子は、発生後の二次電子増倍段数が光電面で信号光子によって発生した光電子の増倍段数よりも少ないためです。波高弁別器によって、所定レベルよりも波高が高いパルスのみを選択し、波高値の低いノイズ(暗電流パルス)をカットして、計数回路に入力することによって、 S / N 比(信号対雑音比)の良い測定ができます。極微弱光の場合、アナログ的な増幅では、信号成分がノイズ成分に埋もれてしまい、なかなかS/N比の良い測定が難しいのですが、光子計数法はこのような問題を波高弁別器を用いてうまくクリアーして解決した極微弱光領域で直線性の非常に良い測定法です。
熱電子の発生確率はランダムであって、測定系を固定した条件の下では大きく変動するものではなく、測定対象の光子の入射を遮断しても発生するものです。従って、或る時間帯において試料光の変動が無視できるような場合には、予め所定のサンプリング測定時間( τ )を決めておいて、時間 τ だけ試料光を計数し、その直後(または直前)に同じ測定時間 τ の間、入射光を遮断して、熱電子によるノイズパルス数を計数し、試料光の光子計数値からノイズパルスの計数値を差し引く、という方法によってS/N比を改善するという手法もあります。
光子計数法の対象とする微弱光領域
光電子増倍管では、通常、1個の光子入力に対する出力電流パルス幅は数 ns 程度の場合が多い様です。従って、仮に、パルスペア分解能(個別に分離計数できる出力パルス最小時間間隔)を
5 ns ( = 5 × 10-9 秒 ) とすれば、単純計算で、毎秒最大
1 / ( 5 × 10-9 ) = 2 × 108 個のパルスまで計数できることになります。しかし、実際の光子の飛来は全くランダムですので、出力パルスの重畳を考慮すると、光子を個別に或る程度正しく計数するためには、それより 1 桁以上少ない光子数領域が測定対象ということになります。
冒頭で述べましたように、例えば波長 λ = 555 nm の単色光の場合、照度 1 lx を与える光子数は、 1 cm2 当たりに
毎秒 n ≒ 4 × 1011 [ 1 / ( cm2 ・ s ) ] ( 毎秒 4000 億個 ) ということでしたから、光子計数法が対象とする光子数領域上限を上記の理由から毎秒 2 × 107 [ 個 / s ] とすれば、光子計数法が主対象とする極微弱光のレベルというのは、 ( 光電子増倍管の光電面の面積を 1 cm2 と仮定した場合 )
( 2 × 107 ) / ( 4 × 1011 ) = 5 × 10-6 = 0.00005 [ lx ]
より、ごく大雑把に見積もって、測光量においては、おおよそ数万分の 1 lx 以下の領域であるということができます。注釈
≪※1≫ 波長 λ = 555 nm の単色光が照度 1 lx を与える時の光子
波長 λ の単一光子の持つエネルギーを e ( λ ) [ J ] と書くと、
ただし
- h: プランク定数 h = 6.626 × 10-34 [ J ・ s ]
- ν: 振動数 [ 1 / s ]
- c: 真空中の光速 c = 2.998 × 108 [ m / s ] ( c = ν ・ λ )
です。従って、この単色光光子が毎秒 n [ 1 / s ] 個到来する時の放射量を φe ( λ ) [ W ] と書くと、
一方、測光量 φ v [ lm ] と放射量 φe [ W ] の関係は一般に
ですから、波長 λ の単色光光子群が毎秒 n [ 1 / s ] 個到来する時の光束 φv ( λ ) [ lm ] は
となります。
今、標準分光視感効率 V ( λ )のピーク波長である、λ = 555 [ nm ] = 5.55 × 10-7 [ m ] の単色光の場合を考えると、
V ( 555 ) = 1 ですから
となります。
従って、照度 1 [ lx ] においては ( [ lx ] = [ lm / m2 ] ですから)
- 2.445 × 10-16 × n = 1 [ lm / m2 ]
- より n ≒ 4.09 × 1015 [ 1 / ( s ・ m2 ) ]
すなわち、波長 λ = 555 nm の単色光の場合、光子が毎秒、毎 m2当たりに 4.09 × 1015 個到来すると照度が 1 lx になるということになります。
≪※2≫ 光電効果
光電効果は、物体(金属等)に入射した光子が吸収されて、その光子エネルギーによって自由電子が生じる現象のこと(発生した電子を光電子と言います)ですが、これには大きく分けて、外部光電効果と内部光電効果があります。光子のエネルギー( e = h ・ ν )が、その物体固有の特性値(仕事関数)よりも大きい場合には、発生した光電子は物体外に放出され(外部光電効果)、小さい場合は物体内に留まり、電気伝導度を増加させたり、起電力を生じさせたりします(内部光電効果)。
光電子増倍管は、この外部光電効果を利用した光検出器で、その光電面は、仕事関数を小さくして光電子を放出しやすいような特殊な物質(一種の半導体)で作られています。一方、一般のシリコン受光素子などの半導体受光素子は内部光電効果を利用したものと言えます。
≪※3≫ 光電子増倍管の増倍率
光電子増倍管へ入射した 1 個の光子によって発生した光電子は多段ダイノードによって鼠算的に増倍され最終的には数百万 ~ 一千万個程度の電子数になって陽極に達します。
電子 1 個がダイノードへ入射して放出される二次電子の数(二次電子放出比)が m 個であり、ダイノードの段数が p 段であるとき、最終的に陽極に収集される電子数は(各ダイノード段での電子捕捉率が 100 % と仮定すると)理想的な単純計算で mp 個となります。二次電子放出比 m はダイノードの表面材質や印加電圧によって変わりますが、通常数個程度の場合が多い様です。仮に、m = 5、p = 10 の場合には 1 個の電子が 510 ≒ 970 万個に増倍されるということになります。
このように、光電子増倍管は、極めて高い増倍率を実現しているのですが、発生した二次電子がもし増倍の過程で次段のダイノードにうまく入射できなければ増倍に寄与できず、増倍率が低下してしまうことになってしまいます。従って、発生電子群を逃がさず受け止めて効率よく増倍させていくためにダイノード群の形状や配置には細心の工夫・注意が払われています。
また更に別の要因として、個々の電子のダイノードへの入射位置の違いやダイノード間の電位差の変動等の要因によって生じる個々の電子軌道が異なると、陽極への到達時間にバラツキが生じ、その結果陽極からの電流出力のパルス幅の広がりとなって現れます。従って、単位時間当たりの入射光子の数が多くなると(明るくなると)出力パルス間で重畳が発生して、計数誤差の原因ともなってきます。従って、ダイノードの形状、配置は、発生した電子群の捕捉率を高くするだけではなく、電子軌道の行程距離差を少なくして出力パルス幅広がりを抑え、できるだけ光子計数が可能な範囲(ダイナミックレンジ)を広くするという観点からも、細かい配慮がなされています。
≪※4≫ 交流増幅
光子計数の領域よりも入射光が強く、出力信号の交流成分が支配的な場合(変調光など)は、光電子増倍管の出力にキャパシタを介して交流成分だけを抽出して増幅する交流増幅器を用いることが多い様です。
≪※5≫ パルス増幅器の周波数特性
光電子増倍管の電流出力を増幅するパルス増幅器の周波数特性はできるだけ広帯域が望ましいと言えます。増幅器の周波数特性が狭いと、短時間で急激に上下変化する電流パルスを忠実に増幅できず、波形がなまってしまいますので、複数の入射光子の到来時間間隔が狭くなるとパルス波形同士が重畳して分離できなくなってしまうからです。つまり、パルス増幅器の周波数特性が狭いと、光子計数法の測定ダイナミックレンジの上限を制限してしまうことになります。
光と色の話 第二部
第5回 光の「個数」を勘定する(光子計数)
明暗は連続量か?
私達は、光の強さや明るさ(放射量や測光量)について、日常感覚としてはアナログ的な連続量として受け止め、理解しています。例えば、陽が落ちてやがて夜の帳が降り、夜更けとともに闇の世界が広がっていきますが、この明るさ感覚の変化は万人が時々刻々の連続的変化として捉えています。私たちが「明るさ」を知りたい時、照度計や輝度計等を用いて測定し、照度の場合は lx 、輝度の場合は cd/m2 という単位で測光値を得ることになりますが、この測光値も事実上連続的に変化するものとして捉えているのが普通です
一方、第一部第2回「光は電磁波の一種」の註釈≪※2≫、≪※3≫で触れました様に、光の最小単位は光子(photon)という粒子で、この光子が多数飛来することによって照度(放射照度)や輝度(放射輝度)という明るさ(光の強さ)が生じています。つまり、日常感覚からはなかなか想像しにくいのですが、時間・空間に亘って光を極めて細かく分割して行くと、究極には連続量ではなくて、光子 1 個 1 個からなる不連続量に行き着くことになります。
「明るさ」、「暗さ」と光子の数
映画館の客席や月明りの夜など、私たちはかなり暗いという感覚で捉えていますが、このようなところでの照度は一般的には数 lx 以下の場合が多い様です。仮に照度 1 lx とした場合、この明るさを生じさせる光子数 n はどの位になるのか、大雑把に計算してみましょう。
計算を簡単にするため、波長 λ = 555 nm(= 5.55 × 10-7 m)の単色光で考えてみます。( λ = 555 nm の単色光 としたのは、この波長は標準分光視感効率 V ( λ )のピーク、すなわち、V (555)=1 となり計算が簡単になるためです。)
計算の過程は脚注≪※1≫を参照していただくとして、計算結果は、照度 1 lx は、1m2 の面積に毎秒およそ
n ≒ 4 × 1015 [ 1/(m2 ・ s )] という、とてつもない大量の光子群の到来に相当するということになります。1cm2 当たりに換算しますと、それでも n = 4 × 1011 [ 1/( cm2 ・ s )](毎秒 4000 億個)という大きな数字になります。つまり、人間の視覚にとっては 1 lx の暗い照度であっても、これほど多数の光子が降り注いでいる訳ですから、視覚応答の感度および時間の分解能をはるかに超えており、連続量としてしか認識できない領域である訳です。
極微弱光測定のための検出器
通常、光を計測する際の検出器としては、シリコン、ゲルマニウム、ガリウム砒素等の半導体受光素子が使われることが多いのですが、微弱な光になると感度不足で十分な検出出力が得られず測定不能となってしまいます。このような通常の半導体受光素子での検出ができない微弱光領域でよく使用されるのが光電子増倍管( photomultiplier tube, 略して PMT )といわれる真空管式検出器です。光電子増倍管は、真空中の金属や半導体(光電面)に光子を入射させるとその表面から光電子が放出されるという現象(外部光電効果≪※2≫)を利用し、放出された電子(二次電子)を鼠算的に増倍することによって極微弱光の検出を可能にした光検出器です。
光電子増倍管の構造と仕組み
光電子増倍管では、受光窓のすぐ後ろの光電面に続いて、ダイノードと呼ばれる二次電子を増倍するための電極群が複数段( 10 段程度のものが多い)設けられ、増倍された電子群を収集し、電流として出力する陽極(アノード)が最後段に設けられています。光電面から陽極に亘って、全体で(多くの場合は) 1000 V 程度の高電圧が印加され、中間の隣接ダイノード間にはそれぞれ均等な電位差( 100 V 程度)が生じるようになっています。光電面への光子入射によって放出された光電子は、-(マイナス)の電荷を持っており、光電面と初段のダイノード電極との電位差によって加速されて初段ダイノードに衝突し、数個の二次電子を叩き出します。
これらの二次電子は更に2段目のダイノードに加速・衝突してそれぞれの電子毎にまた複数個の電子を放出します。このような電子再放出をダイノード段数分繰り返し、電子数は鼠算的に急速に増倍されていくことになります。最後段の陽極(アノード)で増倍された発生電子群を収集し電流出力が得られる仕組みになっています。≪※3≫
光電子増倍管の分光応答度
光電子増倍管は、光電面の種類と受光窓の材料の組み合わせによって、検出器としての分光応答度特性(入射光子に対する光電子への変換効率)が異なります。現状、紫外~可視~近赤外(概ね 110 ~ 1000 nm の波長範囲、特殊なものは 1400 nm 辺りまで)に亘って、様々な分光応答度特性の光電子増倍管が各種市販されていますので、測定対象光、測定目的に応じて選択して使用する必要があります。
外部光電効果が発生するためには、入射光子エネルギーが物体(光電面)の仕事関数よりも大きいことが前提条件になります。光子エネルギーは、e = h ・ ν = h ・ c / λ ( h 、 ν 、 c は注釈≪※1≫参照 ) ですから、光子の振動数 ν が或るレベルより大きい、つまり或る波長 λ より短いことが必要、ということになります。従って、実際の光電面の材質によって、分光応答度の波長上限が物性的に制限されてしまい、近赤外領域までしか感度がなく、それより長い波長帯には対応できないのが現状の様です。
光電子増倍管の出力信号処理回路
光電子増倍管で増倍された検出信号出力を後段の処理回路で受けることになりますが、試料光の強さ、すなわち光電面に入射する単位時間当たりの光子数によって、後段の処理回路の構成は対応が異なってきます。
試料光が強い(光子数が多い)場合は、光電面には光子群が同時的かつ連続的に多数入射することになり、個々の光子によって発生した電子群は同時進行的に重畳して増倍され、個々の光子毎の増倍電子を時間的に分離できなくなるため、陽極出力はほぼ直流的な(あるいは交流成分を含んだ直流的な)電流信号となります。従ってこのような場合はアナログ的に直流増幅器あるいは交流増幅器≪※4≫を用いて測定することになります。
試料光が極めて微弱である場合には、光電面に入射する光子は時間的にポツン、ポツンと離散して到来しますので、陽極からの出力は、時間的に離散した電流パルス列の形になります。つまり、個別入射光子毎に出力電流パルスが対応することになり、そのパルス数を計数することにより、入射光子の数を正確に勘定できることになります。逆に言えば、測定対象光が明るいほど(単位時間の入射光子数が多いほど)出力パルスが重畳する確率が高くなりますので、測定の直線性が悪化していきます。
通常、1 個のパルス幅は数 ns (ナノ秒、1 ns = 10-9 s )程度で、実際には光電子増倍管の陽極出力電流を広帯域≪※5≫のパルス増幅器で増幅・電圧変換して計数回路によってカウントするのですが、以下のように、計数処理の手前で、ノイズ成分をカットするために波高弁別器( pulse height discriminator )と呼ばれる回路によって事前処理を行います。
光電面からダイノード群を経て陽極に達する増倍過程においては、光電面に入射した光子による信号成分だけではなく、光電面や中間ダイノード面から放出された熱電子等によるノイズ成分(暗電流パルス)も含まれます。
これらのノイズ成分の多くは信号光子による出力電流値よりも小さい場合が殆どですので、ノイズパルスの波高は低くなっています。これは、ダイノードで発生した熱電子は、発生後の二次電子増倍段数が光電面で信号光子によって発生した光電子の増倍段数よりも少ないためです。波高弁別器によって、所定レベルよりも波高が高いパルスのみを選択し、波高値の低いノイズ(暗電流パルス)をカットして、計数回路に入力することによって、 S / N 比(信号対雑音比)の良い測定ができます。極微弱光の場合、アナログ的な増幅では、信号成分がノイズ成分に埋もれてしまい、なかなかS/N比の良い測定が難しいのですが、光子計数法はこのような問題を波高弁別器を用いてうまくクリアーして解決した極微弱光領域で直線性の非常に良い測定法です。
熱電子の発生確率はランダムであって、測定系を固定した条件の下では大きく変動するものではなく、測定対象の光子の入射を遮断しても発生するものです。従って、或る時間帯において試料光の変動が無視できるような場合には、予め所定のサンプリング測定時間( τ )を決めておいて、時間 τ だけ試料光を計数し、その直後(または直前)に同じ測定時間 τ の間、入射光を遮断して、熱電子によるノイズパルス数を計数し、試料光の光子計数値からノイズパルスの計数値を差し引く、という方法によってS/N比を改善するという手法もあります。
光子計数法の対象とする微弱光領域
光電子増倍管では、通常、1個の光子入力に対する出力電流パルス幅は数 ns 程度の場合が多い様です。従って、仮に、パルスペア分解能(個別に分離計数できる出力パルス最小時間間隔)を
5 ns ( = 5 × 10-9 秒 ) とすれば、単純計算で、毎秒最大
1 / ( 5 × 10-9 ) = 2 × 108 個のパルスまで計数できることになります。しかし、実際の光子の飛来は全くランダムですので、出力パルスの重畳を考慮すると、光子を個別に或る程度正しく計数するためには、それより 1 桁以上少ない光子数領域が測定対象ということになります。
冒頭で述べましたように、例えば波長 λ = 555 nm の単色光の場合、照度 1 lx を与える光子数は、 1 cm2 当たりに
毎秒 n ≒ 4 × 1011 [ 1 / ( cm2 ・ s ) ] ( 毎秒 4000 億個 ) ということでしたから、光子計数法が対象とする光子数領域上限を上記の理由から毎秒 2 × 107 [ 個 / s ] とすれば、光子計数法が主対象とする極微弱光のレベルというのは、 ( 光電子増倍管の光電面の面積を 1 cm2 と仮定した場合 )
( 2 × 107 ) / ( 4 × 1011 ) = 5 × 10-6 = 0.00005 [ lx ]
より、ごく大雑把に見積もって、測光量においては、おおよそ数万分の 1 lx 以下の領域であるということができます。注釈
≪※1≫ 波長 λ = 555 nm の単色光が照度 1 lx を与える時の光子
波長 λ の単一光子の持つエネルギーを e ( λ ) [ J ] と書くと、
ただし
- h: プランク定数 h = 6.626 × 10-34 [ J ・ s ]
- ν: 振動数 [ 1 / s ]
- c: 真空中の光速 c = 2.998 × 108 [ m / s ] ( c = ν ・ λ )
です。従って、この単色光光子が毎秒 n [ 1 / s ] 個到来する時の放射量を φe ( λ ) [ W ] と書くと、
一方、測光量 φ v [ lm ] と放射量 φe [ W ] の関係は一般に
ですから、波長 λ の単色光光子群が毎秒 n [ 1 / s ] 個到来する時の光束 φv ( λ ) [ lm ] は
となります。
今、標準分光視感効率 V ( λ )のピーク波長である、λ = 555 [ nm ] = 5.55 × 10-7 [ m ] の単色光の場合を考えると、
V ( 555 ) = 1 ですから
となります。
従って、照度 1 [ lx ] においては ( [ lx ] = [ lm / m2 ] ですから)
- 2.445 × 10-16 × n = 1 [ lm / m2 ]
- より n ≒ 4.09 × 1015 [ 1 / ( s ・ m2 ) ]
すなわち、波長 λ = 555 nm の単色光の場合、光子が毎秒、毎 m2当たりに 4.09 × 1015 個到来すると照度が 1 lx になるということになります。
≪※2≫ 光電効果
光電効果は、物体(金属等)に入射した光子が吸収されて、その光子エネルギーによって自由電子が生じる現象のこと(発生した電子を光電子と言います)ですが、これには大きく分けて、外部光電効果と内部光電効果があります。光子のエネルギー( e = h ・ ν )が、その物体固有の特性値(仕事関数)よりも大きい場合には、発生した光電子は物体外に放出され(外部光電効果)、小さい場合は物体内に留まり、電気伝導度を増加させたり、起電力を生じさせたりします(内部光電効果)。
光電子増倍管は、この外部光電効果を利用した光検出器で、その光電面は、仕事関数を小さくして光電子を放出しやすいような特殊な物質(一種の半導体)で作られています。一方、一般のシリコン受光素子などの半導体受光素子は内部光電効果を利用したものと言えます。
≪※3≫ 光電子増倍管の増倍率
光電子増倍管へ入射した 1 個の光子によって発生した光電子は多段ダイノードによって鼠算的に増倍され最終的には数百万 ~ 一千万個程度の電子数になって陽極に達します。
電子 1 個がダイノードへ入射して放出される二次電子の数(二次電子放出比)が m 個であり、ダイノードの段数が p 段であるとき、最終的に陽極に収集される電子数は(各ダイノード段での電子捕捉率が 100 % と仮定すると)理想的な単純計算で mp 個となります。二次電子放出比 m はダイノードの表面材質や印加電圧によって変わりますが、通常数個程度の場合が多い様です。仮に、m = 5、p = 10 の場合には 1 個の電子が 510 ≒ 970 万個に増倍されるということになります。
このように、光電子増倍管は、極めて高い増倍率を実現しているのですが、発生した二次電子がもし増倍の過程で次段のダイノードにうまく入射できなければ増倍に寄与できず、増倍率が低下してしまうことになってしまいます。従って、発生電子群を逃がさず受け止めて効率よく増倍させていくためにダイノード群の形状や配置には細心の工夫・注意が払われています。
また更に別の要因として、個々の電子のダイノードへの入射位置の違いやダイノード間の電位差の変動等の要因によって生じる個々の電子軌道が異なると、陽極への到達時間にバラツキが生じ、その結果陽極からの電流出力のパルス幅の広がりとなって現れます。従って、単位時間当たりの入射光子の数が多くなると(明るくなると)出力パルス間で重畳が発生して、計数誤差の原因ともなってきます。従って、ダイノードの形状、配置は、発生した電子群の捕捉率を高くするだけではなく、電子軌道の行程距離差を少なくして出力パルス幅広がりを抑え、できるだけ光子計数が可能な範囲(ダイナミックレンジ)を広くするという観点からも、細かい配慮がなされています。
≪※4≫ 交流増幅
光子計数の領域よりも入射光が強く、出力信号の交流成分が支配的な場合(変調光など)は、光電子増倍管の出力にキャパシタを介して交流成分だけを抽出して増幅する交流増幅器を用いることが多い様です。
≪※5≫ パルス増幅器の周波数特性
光電子増倍管の電流出力を増幅するパルス増幅器の周波数特性はできるだけ広帯域が望ましいと言えます。増幅器の周波数特性が狭いと、短時間で急激に上下変化する電流パルスを忠実に増幅できず、波形がなまってしまいますので、複数の入射光子の到来時間間隔が狭くなるとパルス波形同士が重畳して分離できなくなってしまうからです。つまり、パルス増幅器の周波数特性が狭いと、光子計数法の測定ダイナミックレンジの上限を制限してしまうことになります。